はじめに
前回のコラムでは、自転車のひき逃げが減らない背景にある、乗り手側の「ちょっとぶつかっただけ」という自覚なき自己保身と、加害者としての救済責任の欠如についてお話ししました。
加害者がそうしておめでたい言い訳を胸にその場を走り去るとき、現場に取り残された「被害者」には、自動車事故とはまったく異なる、あまりにも残酷な現実が突きつけられます。
ネットのインフルエンサーたちは「保険の加入を義務化すれば、万が一の時にも被害者が確実に救済されるはずだ」と盲信しています。しかし、自転車流通と安全の現場から言わせてもらえば、それは完全な机上の空論です。
なぜなら日本の現在の仕組みには、「自転車でひき逃げされた被害者を救うための、公的なセーフティネットが完全に欠落している」という致命的な空白があるからです。
自動車にはあって、自転車にはない「政府保障事業」の壁
多くの人が勘違いしていますが、日本の交通事故における被害者救済制度は、あくまで「自動車(原付含む)」を中心に設計されています。
例えば、自動車にひき逃げされたり、完全に無保険の車に跳ねられたりした場合、被害者は加害者から賠償金を受け取ることができません。しかしその場合、国(国土交通省)が加害者に代わって被害者の損害を国費で立て替えてん補する「政府の保障事業」という最終防壁が法律(自賠法)で用意されています。最低限の医療費や死亡補償は、国が担保してくれるのです。
しかし、自転車の事故にはこの「政府保障事業」が1ミリも適用されません。(2026.6月時点)
つまり、どれだけ自治体が「自転車保険を義務化しました」と設定しても、相手(加害者)に逃げられ、特定ができなかった瞬間、その義務化された保険は形骸化し、被害者は公的な救済を一切受けられない構造になっているのです。
おわりに:制度の死角をデジタルで埋める。JBRAが提示する唯一の防衛策
当協会(JBRA)は、国や行政の仕組みをただ批判したいわけではありません。
むしろ、広大すぎる自転車のカオスの中で、公的なアプローチだけで100%の網をかけることの限界を、現場のプロとして深く理解しています。
だからこそ、その公的制度が届かない「死角」を、民間のデジタル技術で補完しなければならないのです。
当協会が提唱する「ハッシュ公証」は、まさにこの被害者の絶望を未然に防ぐためのインフラです。
【適切な車両整備】と【正当な所有者情報】、そして【有効な保険】を一つのデータとして一体化させ、客観的に安全を公証する。
車体と人間が明確にデータとして紐付いていれば、「誰が乗っているか分からないから逃げられる」というアンダーグラウンドそのものを街から消失させることができます。それは乗り手の悪意に対する強力な抑止力となり、結果として被害者の絶対的な救済へと繋がるのです。
綺麗事の義務化という言葉に踊らされるのを、今すぐやめましょう。
自立した責任ある乗り手、そして街の信頼できる販売店が手を取り合い、自分たちの手で地に足のついた防衛策を形にしていく。これこそが、青切符時代においてJBRAが提示する、本物の安心のあり方です。


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