【ヘルメットが割れた日】「努力義務だから被らない」という命の選択を、プロとして絶対に容認できない理由|JBRA

ヘルメット着用努力義務
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はじめに:「努力義務だから意味がない」という致命的な勘違い

法改正によって自転車のヘルメット着用が「努力義務(全年齢2023年4月1日〜)」となって以降、世間の反応を見ていると、私は強い危機感を覚えずにはいられません。

「罰則がないからkかぶらなくていい」
「髪型が崩れるから嫌だ」
「努力義務なんて意味がない」
ーーメディアやネット上には、そんな生ぬるい言葉が並んでいます。

しかし、自転車流通と公道の安全を預かるプロの視点、そして何より「ヘルメットに命を救われた一人の当事者」として、私は声を大にして言いたい。

義務だからかぶるのではない。死なないためにかぶるのだ」と。

数十年前のあの日、私のヘルメットは真っ二つに割れた

今から数十年前、私はライド中に激しい転倒事故を起こしました。
その瞬間、私の頭部を保護していたヘルメットは、凄まじい衝撃とともにガシャリと音を立てて真っ二つに割れました。

もし、あのときヘルメットをかぶっていなかったら。

もし、「コケたことなんてないからいいや」と素頭でペダルを漕いでいたら

割れていたのはヘルメットではなく、私の頭骨でした。
脳が致命的な損傷を受け、私は今、ここでこの文章を書くことすらできていなかったでしょう。

ヘルメットが自ら破壊されることで、私の命の身代わりになってくれたのです。
これが、綺麗事ではない「公道のリアル」です。

自転車の死亡事故における致命傷の約7割が「頭部」です。

そしてヘルメット非着用時の致死率は、着用時に比べて約2.1倍に跳ね上がります。

ヘルメットはファッションでもなければ、お上に従うための道具でもありません。
命を繋ぎ止め、残される家族を絶望させないための、絶対的な「サバイバルツール」なのです。

「ルール」でしか動けない乗り手の認知を、教育で変える

「罰則がないからやらない」という思考そのものが、これからの自転車青切符時代において、企業や個人を破滅に導く最大のトリガーになります。安全に対する認識があまりにも低すぎるのです。

公的機関が策定したルールが決まり、警察が取り締まるのを待つだけの時代は終わりました。

だからこそ、私たちJBRA(一般社団法人日本自転車販売協会)は、形だけのルールを押し付けるのではなく、なぜヘルメットが必要なのか、なぜ公道には自動車とは違う固有の危険が潜んでいるのかを、生々しいファクトとともに教育する「動画学習システム(LMS)」を提供しています。

「ヘルメットをかぶるのが当たり前」という文化を、義務という強制ではなく、当事者としての「知性」としてインストールすること。それしか、悲惨な事故から命を守る術はありません。

おわりに:命の代償は何よりも重い


ヘルメットが割れたあの日の衝撃を、私は一生忘れません。

そして、あの恐怖と、守られた命の重さを知っているからこそ、私はこれからも「努力義務だから」と命を舐めている世論に対して、何度でも警鐘を鳴らし続けます。

自分の命を、そして従業員の命を守るために。本物の安全意識を社会に実装していきましょう。

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